神戸

神戸では、もう唄わないだろうと思っていた。
どうしてもアーケードで唄いたい、という知人と共にここを訪れたのが10年近く前。
まだまだ路上演奏を始めたばかりの彼は

「これで俺たちも、三宮デビューですよ!」

と、日曜深夜のまばらな人通りの中、数組がうるさく演奏しているそのアーケードで喜んだ。
僕はといえば、なんで好き好んでこんな騒々しい場所で唄いたがるのか理解できないまま、2、3曲だけ形式的に演奏し、そして誰一人立ち止まる事もなくギターをしまった。

神戸遠征。
知人はただ、それをやりたかっただけなのだ。
これでまた広島の片田舎に戻っても

『俺、神戸でストリートやりましたよ!』

と、自慢げに語る武勇伝が出来て嬉しいのだろう。
武勇伝なんて、おこがましい。
ただの、話のタネだ。
僕は話のタネに唄う彼と、だからそれ以来一緒に唄っていない。
ついでに、賑やか過ぎる神戸で唄う事もないと思っていた。
それがどうして三宮なんだ。

その冬、僕は初めての奈良県での演奏をなんとか手応えのあるものにして終わり、本拠地の広島へと移動していた。
雪は少なかったが、やはり2月の街は当然のように冷たく、深夜の人通りの少なさはそのまま、生活費と移動費にダメージを与えていた。
毎晩、入ったか入らないかの収入で小さな移動を重ねながら、そろそろここでまとまった稼ぎが欲しい、と思ったのが神戸だった。

神戸には、数年来の友人がいる。
名前を Lyou としよう。ま、そのまんまなのだが。

数年来といっても年に一度、8月6日に広島で会うだけのミュージシャン仲間だ。

思い起こせば山陽道を西へ東へ移動する事の多い動きの中で、なぜか通過するだけになっていた神戸に降り立つのを決めたのは、なんの見返りもないのに被爆者への追悼を胸に毎年広島へやって来てくれるLyouへの、せめてもの恩返しだった。

ただ、妙な事があった。

その頃の僕は今と変わらず、自分の日々の動きを、ネット上で日記にしてあちこちに知らせていたのだけど、Lyouへ宛てて書いた『神戸に行く』という日記に対して、奈良の友人がしつこくメッセージを入れてきたのだ。

こいつもまた8月の広島で会った恐るべきマイペースミュージシャンで、亡くなった河島英五にギターを教わった事が何よりの自慢という、やんちゃな、けれど憎めない奴だった。
名前を、かっちゃんとしよう。これまた、そのまんまなのだが。

僕はしつこいメッセージに、これは恐らくLyouと仲の良いかっちゃんが羨ましがって逐一様子を知りたがっているのだろうと苦笑いで流していた。
まさか、楽しそうだからといって、わざわざ奈良から神戸にやってくる奴はいない。


17時のHANDS前は、前後左右へと目まぐるしく人が流れている。
いつも通り防寒には念を入れていたが、海からの風が衣服の隙間から吹き込み、夜もまた冷え込む事は予想するに容易かった。
煙草を吹かして寒さをやり過ごしていると、定刻どおりに横断歩道の向こうからやって来るLyouが見えた。

その姿は、ギターを抱えたイチローのようだ。

相変わらずのハンチングに「久しぶり」と笑い、彼も笑った。
そして

「今、かっちゃんが車で神戸に向かってるみたいです」
という報告で、再会の笑みは大爆笑に変わった。

楽しそうだからといって、奈良から神戸まで来るアホがいたのだ。

おかげで、毎年の広島への遠征を労うはずだった会話は、かっちゃんの無謀な大移動へとスライドして、終始その無邪気なバカっぷりエピソードに、生ビールのジョッキが重ねられた。

聞けば、仕事で和歌山にいたというかっちゃん。
海を渡った訳でもなく、余計に遠回りだったんじゃないのか。
楽しそうだからといって、明日の仕事も考えずに移動する距離じゃない。
何度考えても、苦笑いのオンパレードだ。
そういえば、そんな無茶をする人が、富山にも一人いたっけ。。


21時。焼き鳥屋を後にして、僕とLyouは東門街の通りを物色した。
なかなか道端でギターケースを開くには難しい場所なのだが
運良くというか最近営業を停止した大きなホテルがあり、僕らは

「これは、俺達に唄ってくれといわんばかりのお膳立てじゃないか」

と、嬉々として荷物を置いた。
初めての場所で緊張してしまう僕も、今夜は心強い仲間がいる。
もう1名、心強いかどうかは分からないが間違いなく楽しい仲間が増える。

神戸の夜は、始まった。

しばらくは、お互いに選曲した歌を交互に唄って行くスタイルでスタートした。
Lyouは、色んなストリートミュージシャンを見てきた中で、もっともストイックが似合う男だ。
ストイックなんて今時どこにあるんだという時代に、やはりストイックだ。
数年後、ギターを抱えてアメリカへ行った時も、帰国するまで誰にも行き場を告げていなかった。
それもまた、ストイックだ。
僕だったら絶対に、日本にも飽きたからさ~、とかニヤニヤしながら口が滑るはずだ。

イチロー顔の男は、皆ストイックなんだろうか。

今度、イチロー選手と仲の良いマナカナさんに聞いてみよう。

Lyouの唄い上げる、街を不快にしないセンスの良い選曲と、コンビニで買ったハイネケンと、冷たい風のコンビネーションが心地良い。

途中、ヤクザっぽいのが投げ専用の帽子を指差し

「唄ってもええけどな、これはしまえ」

と言ってきた時も、気の大きくなった僕は睨み返していたほどだ。危ないもんだ。
それでもまあ、投げ銭なんて入る時は勝手にどこにでも入るもの。
それを画的に許せない集団もいるという事にして、睨んだものの形式上さらりと従ったので大阪の二の舞にならずに済んだ。
一の舞である大阪の話は、また時間があったら書こう。

あれこれやってるとLyouの携帯が鳴った。
奴が、到着したらしい。

迎えに行ったLyouとやがて現れたでっかい、モッサリした、満面の笑みの男。

僕は彼の筆舌に尽くし難い行動力を

『お前、アホやろ!?』

と、最上級の賛辞で迎えた。
アホも、嬉しそうだ。

なんにせよ今夜の主役は彼に奪われるわけだが、そんな夜もいい。
路上演奏は初めてというかっちゃん。。。

そう。何を隠そうかっちゃんは、これが路上デビュー。

路上演奏なんて邪道だと、今まで一切やらなかった男が何を血迷ったのか、和歌山から車を飛ばして神戸にやってきた。
そこまで人を豹変させた責任を感じたが、唄い出した彼を見て、そんなもんは吹っ飛んだ。

メッチャ楽しそうやん!!!!!

引っ込めた投げ銭入れなどものともせず、人は絶えなかった。
たこ焼きも差し入れされた。
オヤジ連中が声をかけると、かっちゃんは何度でも、師匠の歌である名曲『酒と泪と男と女』を、バカでかい声で唄った。嬉しそうに唄った。シラフなのに、飲まれて飲んでそうだった。

そのうち、さっき文句を言ったヤクザ屋さんのお偉方さえ味方に付けたかっちゃんの勢いがキャバ嬢を引き連れたダンディーから一万円札を投げてもらうのに、時間は掛からなかった。


奈良のかっちゃんは、すこぶる上機嫌で、その顔を見る僕とLyouも、終わり良ければという顔で笑った。
僕の路上人生の中で、こんなにバカ笑いした夜も少ないだろう。

まだ終わりそうもない神戸の夜だったが、僕以外の二人には朝からの仕事がある。
Lyouを乗せて走り去るかっちゃんの赤いテールを見送ると、途端に寂しさが溢れた。
楽し過ぎただけに、寂しさは純粋に胸で溢れた。
一緒に楽しみ続ける事が出来ないのは、時間の都合だけじゃない気がした。
稼ぎの半分以上は、僕一人がもらってしまっている後ろめたさもあった。
まだまだ、大きなビルの影の向こうで続いてるはずの夜にもう一度飛び込もうかと思ったけれど、Lyouとかっちゃんからもらった楽しさを汚してしまいそうで、やめた。
そのまま、見送った車を背中にして、僕は瀬戸内の真っ暗な海が見たくなった。


誰もが列車や船や何かに揺られて進む旅の中、僕は、旅そのものに揺られて生きているのだ。
瞬間、同じ船に乗って、一緒に笑って、一緒に唄って、そして、僕だけが皆を見送る。

いつの間にか明け始めた海の上、大きな船が遠くに見える。
あれに乗る事も出来るし、あそこから手を振ってもらう事も出来る。
難しい事はない。
多数に入りたければ、多数に入ればいい。
それが、寂しさのせいでもいいじゃないか。

「寂しさに負けないってのは、寂しさを理由に失敗しない事だよ」

いつか自分で口にしたセリフが、涙を誘いそうになった。
だけど、泣いてもどうしようもない。
去り行く船に、笑って手を振り続ける方が、なんだか良い。

だって、ここは神戸。

泣いてどうなる訳でもないさ。






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2 件のコメント:

  1. 着々と日本地図が出来上がっていきますね。
    しかし、何より驚かされるのが・・幸さん・・マジで記憶力いいっすよねえ・・。
    記憶力も感性の一つなんでしょうか。素晴らしいっす。ぼくは・・あの・・これから道の駅で寝ます。明日になったら、道の駅の名前も忘れていそうです(笑)

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  2. >さろ坊
    まだまだ、取っ掛かりですわ。

    記憶力より、情報の再収集力よ。
    固有名詞は後から確認できるし。

    常々、酔っ払って記憶は飛んでるので美しく脚色してる気もします。

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