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熱海

昨夜に秦野駅前で頂いた虎の子の千円を頼りに、古くからの温泉街・熱海に到着した。


まだ時刻は朝の7時前。
曇り空のせいで8月の暑さも和らいでいるが、蒸し暑い。
夜までは何ひとつ行動予定はないので、駅前で時間を潰すのみだ。

僕の目的はひとつ、今夜の稼ぎで、翌日には金沢まで移動する事だった。

行くよ、と、友人に約束していたのだ。
実際問題、ここから金沢までがどんなルートか幾らかかるのか詳しく考えてはいない。
それを考えるのは、今夜を唄い切った後の事だ。
考えたからといって、何になるわけじゃないのだし。
とりあえず、一万円あれば足りるだろう。



熱海は二度目だ。

数年前に初めて訪れたこの町でのお気に入りは、駅前のバーガーショップ。
このご時世に、大きく 『コーヒーおかわり無料』 の横断幕が心強い。
歩いて日本一周中の旅人にも是非、その折には満喫して欲しいものである。



100円のコーヒーを、更におかわりしながら粘る早朝。
よく見れば、周囲にも同じような一人旅風の客がまばらに見える。
大きなデイパックを床に置き、地図を枕に眠りこける男性。
可愛いピンク色のキャリーバッグを仲良く並べて、携帯電話に見入る若い女の子達。
そして、同じくキャリーバッグとギターケースを放り出して、ただただ昨夜の眠りを取り戻す旅唄い。
駅のベンチは、さすがに背中が痛かった。


キャリーバッグは神奈川の大事なファンの方から譲ってもらったものだ。

車輪が一つダメになってたのを見かねて、引越しの荷物整理と称して僕にくれた。ありがたい事だ。
おかげで標高の高い熱海の駅前から海岸線へのクネクネとした急な坂道を、なんとか下りきることが出来た。
それでも帰りの上り坂では腕もパンパン、汗だくになり、これが車輪の足りない3輪キャリーだったらどうなった事かと背筋が凍ったものだ。改めて、感謝した。

午前9時半を回ると、バーガーショップの2階も少しずつ賑やかになってくる。
僕は深い仮眠から目覚めて、取り出したまま埋まる事のなかった白紙のノートをしまい、もうすっかりやる事がなくなったので駅前を後にすることにした。
以前に訪れた時、一度だけ駅前の土産物屋が並ぶ場所で昼間に唄ったのだが、良い反応ではなかったからだ。良くない反応とは、お店の方々の視線の事で、とりあえず大阪からの観光客にリクエストはもらった。

だけど、やっぱり僕の演奏は夜の街のものだ。
前回は踏ん切りがつかずに見送った熱海銀座での路上演奏を、今夜だけは、どうしても決行しなくちゃいけない。



熱海銀座へ下りて行く、まるで断崖を転げるような道すがら、煙草屋の店先にゴールデンバットを見つけた。
ゴールデンバットは、1個20本入りで300円が相場の煙草市場において珍しい140円の両切り煙草だ。
貧乏ミュージシャンには、なんとも嬉しい安煙草。
ポケットの小銭は、狙ったように残り140と数円。
バッグ内に、お茶のペットボトルとウイスキーはキープしてるので、これで夜を待つとする。




する事がないと言い切ると本当になくなるもので、それではまだまだ夜は待てない。
時刻は、ようやく正午。
のんびりとした街中風景を眺めるのは、利用者も少ないバス停の古びたベンチ。
ぼんやりと煙草の残り本数を計算しながら火をつけて仰ぎ見る空は、相変わらずの曇り空。
海へ吹き抜ける風は湿り気を帯び始め、どうやら雨は避けられない予感。
このまま夜を迎えて、金沢行きの移動費を稼げというのか。
一万円あれば足りるだろう。


一万円・・・・・・・・・。


鬱蒼とした気分は続く。



気分転換に始めた車の県外ナンバー探しは、思ったより時間潰しになった
さすがは観光地。東北・九州、果ては北海道方面からの車も発見できたが、30種を越えた辺りで重複が分からなくなり、面倒くさいのでやめた。多分、正確にカウントしていれば50はいったんじゃないかと思う。

14時頃から、ポツリ・・・パラパラ・・・と頬に雨を感じた。
ギターが濡れるとまずいので、海岸の135号線に出て、しのげそうな場所を探す。
国道は、ビーチ直行の元気な水着家族で賑わい、老いも若きも楽しげだ。
どこか身を紛れさせるのに都合のいい場所はと物色していると、玄関に簡易シャワーを設置したような大きなホテルがあり、中を見るとフロントでは水着の子供が走り回ったり、老夫婦が腰掛けてじっとしているソファーがあったり、どこかの団体の物なのか大荷物の山があったりで、とってもフリーダムな雰囲気。


ここならしばらくのんびり出来るかと思いきや、ものの2分で


「お客様? お手続きはお済みでしょうか?」


と、顔だけは笑顔のスタッフさん。


「いえ、連れを待ってるだけなんで」 と大ウソをつくも


「本日、大変混雑しておりますので、ロビーのご利用はご遠慮願えますか」


と、一蹴された。

ギターケースを抱えたロン毛の30代はサマービーチに溶け込めないのだと実感した。


雨が思ったほど降らないので、あきらめてまた元の通りに戻る。
時刻は16時。
20時から唄えるとして、まだ4時間。
こんな事なら、まだ駅前にいた方が時間が潰せたかも知れないと軽く後悔するが、今からあの坂道を登る気力はない。それは、最後の余力に残しておかないと。


後は、どうやって時間を潰したんだろう。。
営業前で慌しくしている居酒屋の店先の様子を眺めたり、逆に閉まり始めるシャッターの音を聞きながら、座り込んだ道端で通行人に訝しく見咎められながら、ペットボトルのお茶を3分の1までならいいやと飲んでたりしたんだっけ。
とにかく、なんとかそこで夕暮れは過ごした。ひたすら、雨が怖かった。
だけど空は降り出しそうで降らない状態を保ち、そして時刻はようやくで19時を回った。
すっかり固まってしまったヒザを伸ばすと、僕は今夜の演奏場所に見当をつけるため、小さな川を越え、スナックと思しき看板の並ぶ一角へと向かった。

初めての町ではいつも同じ壁にぶつかる。
どこで唄ってよいのか見当がつかないのだ。
元々、道端に唄ってよい場所というものなどないのだから、仕方がない。それは自力で作るものだ。
かといって、どこでも良い訳でなく、やっぱり人の流れだ店先の環境だと判断材料はある。
そしてそれがやってみないと分からないというのが、最大のネックだ。


商店街のある銀座町から飲食店の多い中央町へは、糸川という小さな川を渡る。
川沿いには、春にはたくさんの花を咲かせそうな桜の木が並んでいた。
桜橋という名の、風情のある石造りの緩やかなアーチ橋がかかっていて、僕はなんだか気に入った。
長崎産まれの僕は、石橋があるとなんだか落ち着いてしまうのだ。
橋の真ん中で唄う、という手もあるにはあるが、車の往来もあるようで、邪魔になりそうだ。
僕が唄う事で街の雰囲気を悪いものにはしたくない。それはいつでも、どんな街でも思うことだった。


なので橋を渡った右手の家屋の並びに、営業されてない様子の店舗兼住宅らしきものを発見したので、そこにしようかと思った。雨は時折パラつく感じで降っており、軒先なら多少は防げそうだった。
何より時刻は20時を30分は回り、そろそろどこかに落ち着くべきだ。
僕は、そこに荷物を降ろし、緊張しながらも荷物を用意し始めた。


譜面台を立てる様子を、タクシーの運転手が不思議そうに眺めていく。
熱海のストリートミュージシャン事情はまったく知らないが、恐らくこの場所で唄うなんてヤツは僕のような旅の歌唄いでもない限り存在しないだろう。
誰も唄いそうにない場所。だからこそ意味があるように思う。
それは決して奇をてらう訳でなく、そこに歌があれば素敵なんじゃないかと思わせる場所で、且つ、若年層のストリートミュージシャン気取り(あえて言わせてもらうけど)が決して立ち寄れそうにない場所。
根性のない若い子は、僕の開拓した場所で真似る事は出来ても、開拓精神は持ち合わせていない。
誰かが必死で市民権を獲得した後、そこを荒らす輩の多い事。
僕はいまだに、それがストリートのメッカ(ああ、書いてて恥ずかしい)といわれる場所であろうと、数組が一斉に音を出して騒音バトルを繰り広げる状態を心底憎んでいる。


と言いながら僕もさして根性の持ち合わせがあるでもなく、初めての場所でいつもそうするように、ウイスキーをあおり、道行く人を眺め、少しずつ勇気を振り絞って唄い始める事になる。
譜面台(もっぱら曲選びのみに使う)を出すと、心なしか 『やらなきゃ』 という気分になるので、心の準備が出来ないときにはなるべく早く出す事にしている。
どんなにそれが見当違いの場違いな場所でも、譜面台を立ててギターまで出したのに何もやらなかったら、見る人は 『何やってんだ』 と思うだろう。
なのに、だ。譜面台を出してギターまで出して 『さあ、熱海よ』 と構えた僕への仕打ちは

いきなりの土砂降りだった。

この上ない程に絶妙な最悪のタイミングだった。

ちょっと道に伸びたひさしでは全く意味を成さないくらいの大雨に、僕は大急ぎで荷物をしまった。
ああ、なんとか日中は持ちこたえてくれていたのに、なんでまたここに来て・・・。
何か始まりそうな予感に足を止めていた人達も、蜘蛛の子を散らすように走り去ってしまい、僕はといえば軒先に身を細く立ち尽くし、恨めしく空を見上げるだけだった。
道路を叩きつける雨粒は跳ねて、1時間も僕の足を濡らし続けた。


熱海・・・あきらめよう。
そうも思ったのだが、あきらめるのは明日の金沢行きであり、今夜をあきらめたところでゴールデンバット2本が増えるわけでもない。ましてや、メシ代が降ってくる訳じゃない。熱海がダメな訳じゃなく、天候がダメになっただけだ。
残りを1本にしてしまう煙草に火をつけて、僕は湿った指で吹かした。
息を吸い込み、大きく吐き出し、まるで雨が上がる儀式のように、土砂降りの空に煙を吐き続けた。


そんなインチキおまじないが効いたか効かずか、雨脚は弱くなってきた。
時刻は、22時前。時間は間に合う。
それでも一度たたんだ荷物を同じ場所で開くのは悔しくなり、僕は橋の向こうにある、煙草屋の軒先へ移動する事にした。
桜橋を渡る時、この界隈の案内でもしているのか橋の上にずっと立っていた年配の女性が、じっと僕を見ていた。情けなかった。


弱くなったとはいえ、まだ本降りに近い雨の中、しまうのに手間取ってすっかり濡れたギターにあきらめもつき、さっきとさほど変わらない軒先で、僕はもう濡れながらでも唄う事にした。
橋の上のおばあちゃんは道行く人に声をかけたり話し込んだりしながら、やっぱりじっと僕を見ている。
別に、構いはしない。だって僕は旅唄い。変わり者の最上級に位置する変わり者の中の変わり者なんだから。


ヤケクソという、もはや感心しない唄い始めにはなったが逆に気は楽になり、さっきまで貧相だったはずの表情も柔らかくなった気がした。
心なしか、たまに通る人達も、笑顔で見ていくようだ。
誰だって不意打ちの土砂降りに遭えば、心の余裕はなくなる。雨が上がれば、笑顔は戻る。大袈裟だけど、急な土砂降りを避ける術があるって事は、すごく幸福な事なんだと思った。




ちなみに僕の名前の 『幸(みゆき=しあわせ)』 という漢字は、象形文字だと聞いた事がある。
幸せに形があるのか! と驚いたが、文字の発祥を聞いて更に驚いた。
昔の罪人は木製の手かせをされてたらしいんだけど、それが外れて逃げられる状態を 『幸』 という文字にしたんだとか。
大金持ちでもなく、健康とか名誉でもなく、看守の不手際でまんまと逃げおおせた罪人こそが『幸せ』だなんて、なんて僕にピッタリな名前なんだろう。




ちょっと話がそれたけど、気の持ちようは色んな事の見え方を大きく変える。



橋の上のおばあちゃんから千円もらって嬉しくなっただけなんだけど。


そう、おばあちゃんの話をしよう。

おばあちゃんは、いつも橋の上に立ってるらしい。
何をする、とかは聞かなかった。
でも、道行く夜の方々と親しげに挨拶したり話し込んだり、観光地図片手のカップルにも優しく話しかけたり、街の生き字引みたいな存在なんだと思った。
そのおばあちゃんにして
「28年間ここにいるけど、唄ってる人なんか見た事ない」
と、なんらかのお墨付きを頂いたのは相当に嬉しかった。やっぱり僕は変わり者だな。


がんばってねぇ、と、年配の人特有の柔らかさと大らかさで励まされて、僕は明日も熱海で唄いたくなった。
だって常々、ポン引きに気に入られればその街では唄っていけると思っている僕が、町の生き字引に応援を受けたのだ。これは、何よりも強い味方じゃないか。
それにしても、ついさっきあきらめてた奴が、なんて現金なものだろう。


生き字引のおばあちゃんを味方につけると強かった。
後は雨も上がるし人も来た。
東京からの観光という若い男の子達に唄っていれば、煙草を買出しに来たお店のお姉ちゃんにもお釣りを頂く。
かと思えば、その子が話したのか噂は噂を呼び、あちこちからお店のマスターや重厚な顔つきのバーテンダーや、熱海の業界人が続々と集まり、恥ずかしいくらいの拍手も頂いた。
自販機前というのは意外に小銭が入りそうで入らないというジンクスも打ち砕かれ、熱海ではその夜、小銭王になった気分だった。「お釣りある?」とふざけて言うお客さんに、いつもなら「あいにく」と答えるのに、自信満々で「ありますよ」と答えた。ありますよ、と言われると向こうも出さなきゃ格好がつかず、「ああ、こまかいのあった」なんて苦笑いしながら更に小銭は増えた。


申し訳なかったのが、販売機の売り上げを回収に来た煙草屋のお母さんにまで、ニコニコと笑顔で対応された事。
いやあ、熱海。素敵な町だ。


今も手元で使っているのだが、面白いものも頂いた。
やっぱり煙草を買いに来たおば・・・お姉さん(夜の街なんで、そこはまあ)がずっと座り込んで、心配したお店の人が迎えに来たんだけど、そのお店の方が 


「これ使った方がいいわよ」 と、ザルをくれた。


僕はいつもギターケースを内側にして地味な帽子でも置いて唄ってるんだけど、投げ銭入れはこうあるべし! といったアドバイス付きで、きっとお店で天ぷらでも出してそうなザルを頂いたのだ。
僕はその後、そのザルに日付を入れて使っている。ただし根が小心者なので、帽子の中にこっそり入れて使用させてもらっているが。



いつまでも帰らないGカップのオッパイお姉ちゃんや、「すみません、迷惑かけて」と、そのオッパイ姉ちゃんと今夜知り合ったばかりなのに気を使ってくれるお姉さんがようやくで帰ると、桜橋のおばあちゃんも今夜はおしまいらしい。
どうだったぁ? と尋ねるおばあちゃんに、お蔭様で、と笑顔を返すと、いつの間にか空に星が見えていた。



すっかり濡れたギターを拭きながら詫び、荷物をまとめ、近くにコンビニを探した。
公衆電話から、明日の金沢行きを友人に報告するためだ。
投げ銭は一万円を少し超え、しかもほとんどが硬貨であった。ポケットがすごい事になっている。
僕はなるだけたくさんの五円玉と一円玉を組み合わせて缶ビールを買い、飲みながら電話をかけた。
どこにいるやらの旅唄いが明日のライブに間に合うらしいと聞き、彼も嬉しそうだった。


しかし、実際はとんでもない事態になり、結局ライブには間に合わなかった。
金沢に着いたのは、ライブも終わって打ち上げのさなかであり、電話の彼は渋々僕を迎えに来る事になるのだった。
まあ、それはそれで、その折に話そう。



何にせよ、熱海の夜は終わり、僕は午前中に歩いた急斜面を大荷物で歩いて上り、途中のバス停のベンチでパンをかじり、汗だくで駅前に辿り着いた。
充足感と安堵感と疲れが、最高に心地良かった。
あっという間の眠りから覚め、生垣の横の石のベンチで起き出した僕は、そろそろ開くはずの改札へ向かった。
今日は100円コーヒーで時間を潰している暇などない。




朝5時の改札はそろそろ開く頃で、駅員がひとり、夏休みの貧乏旅行っぽい高校生二人と交わしていた会話が面白かったので、書いておこう。


「熱海って・・・何県なんですか」

「静岡です」

(心配そうな高校生二人)静岡だって・・・どうしよう」



いったい、どんな旅だったのか未だに気になる。
駅員も何が問題なのか量りかねて、やけにクールだったのが更に面白かった。
しかし、その駅員。
僕が「金沢まで」と言った時には

「金沢って・・・北陸のですか?」


と、驚きを隠せない様子だった。普通列車だったし。

そういや熱海から金沢って、日本列島の裏表みたいな位置関係で、鉄道旅行に詳しい人なら聞いただけで、乗継やらの面倒くささにウンザリだろう。もっともマニアになれば、それが楽しいのだろうけど。




そんな訳で熱海の夜は終わった。

あれから三年が経とうとしてるけれど、まだ再訪は果たせていない。

桜橋のあばあちゃんと、食えなかった名物のまご茶が気になっている。









Googleマイマップ「西高東低~南高北低」
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